スピリチュアルとお笑い

お笑いとスピリチュアルというのは、一見関係が無いと思われるかもしれません。

スピリチュアルコーチングというのは、自分らしく生きる人を応援してくれるものと言え、ひとりひとりが自らの道を歩み、よりよい暮らしを送ることが出来るようサポートするのがスピリチュアルコーチングの役目です。

そしてお笑いの道もまた、自分らしさや個性を見出していくことにおいては、スピリチュアルの真髄に通じるものがあるのではないかと考えています。

感情としての喜怒哀楽

私たちは、人間として生物的な活動の根源である「喜怒哀楽」で表されていると思います。つまり、素直に喜怒哀楽を表現できることは生きていく上で限りなく大事な事柄であると考えられます。

喜び怒り悲しみ楽しみといった感情は全て同列のように捉えられていることが多いようですが、本当にそうでしょうか。

「今泣かなくちゃいけないから泣く」ということは日常生活においてはあまりないかもしれませんが、笑いたいからテレビを見るということは日常の中には多くあるようにも思えます。こうやって見ると「笑い」ということは少し特別なのではないかと考えられます。

昔から「笑う角には福来る」といいますが、自分で行動することで自分の立つ瀬や状況を変えられる力もあるということの証明のような気がしてなりません。それは神様から与えられたもののような気もします。

つまりは神様からのギフトであり、笑いはやはりすばらしいものであると同時に大切なものであると言えるでしょう。そしてそれすらデザインや演出、計算でさらに良いものを生み出せる可能性も大いに含んでいることも希望に満ちていると言えるでしょう。

日本のお笑い

少し前なら、日本のお笑いという文化は程度が低いというように世界的に捉えられていたようです。世界基準のコメディアンを見てみると、確かに高額所得者でクレバーな人が多いように思われます。頭がいいしお金も持っているので尊敬もされます。

かたや日本の芸人というのは地位が低く見られがちではないでしょうか。お笑いのジャンルや笑わせ方などは様々あるようですが、リアクションやいじめにつながるような芸や下品なネタが悪いイメージを与えてしまうことも多くあります。それはしかし、実は世界各国よりもお笑いの幅が広いということを意味していたりします。

日本で生活していると海外発祥であるスタンドアップコメディなどに触れるという機会はあまりありませんが、そういったものと似たような、いわゆる客いじりというものをしていることが多いでしょう。こういったことも含め、日本の芸は多種多様な形が存在していると言えるかもしれません。

インターネットでもアプリでも音楽でもアイドルでも良コンテンツは面白く人の心に刺さると思います。刺さるコンテンツはアンテナを張っている人にもいい角度で受信もされます。

今の世の中テレビだけが人気媒体ではありません動画コンテンツやゲームアプリ、2.5次元と呼ばれる人気のコンテンツなども見られるようになり、多種多様なコンテンツが増えていく一方と言えるでしょう。そんな現状は楽しくもありますが、実際コンテンツを考えていかなければならない方々の苦労は目に見えて増えているかもしれないと思います。

芸ということ

芸人にとっての芸とは武器であり商品そのものであります。サッカー選手がサッカーをするようにパイロットが飛行機を操縦するように、芸人さんは芸を巧みにつかってひとを笑わせなければなりません。言葉で言うのは簡単ですが、実行するには生半可なことではありません。

芸とはその人が持っているコンテンツそのものであってコンテンツやコンセプトに関わる事柄全ての縮図でもあります。芸として面白ければいいわけなので、その芸は漫才でもコントでも歌でも踊りでもいいわけです。

面白いものは面白いし、そうでないものは面白くないと評価されます。もちろん人によって笑いのツボは違うわけなのでうける、うけないも違いますが、本質的には良コンテンツをどう料理するか、どう自分以外の他者にお届けするかということであります。

それはインフォメーションテクノロジーやコミュニケーションデザインでもあります。コミュニケーションを拒否されることなくずっとつながりつづける努力をしいられます。それが良コンテンツです。言い換えればソフトともいえるかもしれません。

お笑い自体本当の意味でもソフト中のソフトであるといえます。人の心懐柔し柔和な感情を引き出します。ソフトとはそういうものだと考えています。